仕事がおわらねぇ。。。明日は車で姉宅へ娘たちを送った後に、野球部同期の結婚式なのに。。。やべぇ。。。っで、小休止で見つけた記事。あー、まぁ、日刊ゲンダイだからレベルは低いのは承知の上だけども、それにしても記事のレベルが低い。大会役員とか、皆川・上村の記事は正直放っておくとしても、WAXとストラクチャーの話は、どこで聞いてきたんだか。。。この記者のレベルはオ○ラさんと一緒だね。えーっと、正直に答えます。スキーが雪面をなぜ滑るのか、WAXはなぜ滑るのか、ストラクチャーはどれが最適なのかは、科学的には解明されていません!「こうやったら滑る。」「こういう状況下では、こうしたら滑る」という統計データはありますが、「どうして滑るのか」という原理は、まだわかっていません。(有力な仮説はありますけどね。)まぁ、ちょうど今日、研究者の人とブレストしていたお題だったんですけどね。そんなこんなで、スキーの板が滑る原理を正確に突き止め、立証できたら、ノーベル賞モノですよ~。だって、滑る原理が突き止められれば、滑らなくすることもできますからね~。


と、ふくちゃんはふくちゃんは考えます(´・ω・`)ふくちゃんです\(^o^)/荻久保まで自転車こぎこぎライブを見に行ってまいりました^^before  「友達のライブ見に行ってくる(^ω^)」aftre   「アーティストさんたちのライブ見てきた(^ω^)」お二方、ごめんなさい先に謝ります。なら書くなってことですけれど。率直に綴ります。いつも不思議に思っていたのですよ、あの居心地の悪さ。認識が間違っていたわけですね。彼らは真剣に音楽活動をしている。目的も違っていました。彼らはプロを目指している。パフォーマンスを聴いているときには違和感がないのです。そのあとなのです。会話なのです。白鳥のヒナの中にスズメが紛れ込んでいるような感じなのです。お二人の演奏は互いに個性的。アゲハ蝶さんは押尾コータローがメインの弾き語り。初めて聴いた時の曲が、今回聴いたらすごく解釈が変わってて、そしてつぎつぎ新しく難しい曲に挑戦していて弾きこなしていって、すごいなぁと感心するほかに何もない。。。成長している、って言葉が一番当てはまる言葉だと思いました。こっしーさんはギターの低音がすごく渋いイイ音をしていて、どちらかといえば乾いたワイルドな音で波が打ち寄せてくるような感じさすがエレキ歴20年。なるほどなぁって色々思い巡らしながら聴いていました。音楽の楽しみ方は人それぞれだと思ってます。人はそれぞれだと思ってます。なんだろう、音楽ってコミュニケーションツールかなって思ってて、演奏が終わった後もそれの役割って変わらないんじゃないかって。でかい100人規模とかのライブハウスとかならそれは難しいとは思うのですが、ごく小さいスペースでの演奏であれば楽器を手に持ちつつお酒飲みつつおしゃべり始まったりするんじゃないかなぁって勝手に思っていたのですけれど。。なんかいつも醒めているというか、それまでの演奏がなかったかのような雰囲気で、なんだかすごく違和感があって。。。プロになろう、プロにしてみせようとする高い目標がある意識を持っている人というのはやはりいつも気を張っていなければならないものなのでしょうか。凄いと思うんです。尊敬するんです。でもわからないんです。いったいどこまで楽しんでやっているのだろうと。どこまでが楽しみでどこからがビジネスなのだろうかと。ここが俺が幼いところなのだろうと思うのです。俺はアゲハ蝶さんのあの時のパフォーマンスに衝撃を受けて感動して突き動かされるようにしてギターを始めて、出来ないことが楽しくて、出来ていくことが楽しくて、そんなちょっとした喜びが嬉しくて、教えてくれて成長させてくれる人たちが幸いにも近くにたくさんいて、そんなつながりが出来て、でも知識も経験も全然足りなくって足りなすぎて、歯がゆいなぁと思いながら感じながら話題に入っていけないことに悔しさも覚えながら、でもそんなでも一緒に楽しもうって誘ってくれたり、公園とかでちっこい子供にギター触らせてあげて笑顔を見て笑ったり、そのお子さんの親御さんから差し入れいただいたり、そんな、かんじで。プロってものが、なるためには、目標の達成のために或いは自分の分野であることに自信プライドを持つということが閉鎖的であるというのであるならば、音楽って何なんだろう。楽しみ方は人それぞれ。だからお祭り騒いでみたり、自己の満足に傾倒するのも可笑しなことじゃない。けれど、ビジネスとして成功するために重要じゃないものには興味を示さなくなってしまうのであれば、それってごく寂しいことなんじゃないだろうか。我がままを言って正直に言ってしまえば、俺自身はただの友達として友達の応援に演奏を聴きに行ってインプレッションを受けてまた頑張ってね、と言って帰ってくるつもりだった。けれど、今までと同じ「観客」として待遇され。なんだか、何のために行ってきたのかわからない。演奏は素晴らしい。歌もいい。歌詞もいい。声もいい。毎回、全て違うから本当に面白い。だんだんと変化していく経過をリアルタイムに追えることは本当に面白い。けれど、周り(本人は違ったけれど)にこちらには観客の一人として興味を示されないように振舞われてしまうと、俺って何なのだろうかと自分が情けなくなる。。もちろんこれってのは自分の極主観的な一方通行の解釈だって言うのはわかっている、つもり。。。お酒やおつまみをいただきに行ってるんじゃないんですよ。。。音の空間を楽しみに行ってるんですよ。どえれぇやっちゃからもっと知って良い部分をまねして取り入れて自分の成長につなげたいから、そのお礼として代金として聴きに行ってるんですよ。そういうつもりだったんですよ。そこだけは最初からずーーーーーっと変わらないですよ。奢りなんかいらないんですよ。お金なんかいらんのですよ。なんであんな眼を向けられなければならないんでしょう。それほど場違いなんでしょうか?場違いなのがわからないほど幼いのだろうか?俺にゃもうわかりゃんせん。上のを意訳すれば、「なんか演者さんには良くしてもらったけれど周囲の空気が気に食わない」ってことになります。。。ドリカフェと全く違う。。。ドリカフェが特別なの??向こうがってんじゃなくてドリカフェがフルオープンなだけ??俺にゃわかりゃんせん。アルカフェのオープンマイクには参加してみたいけれど、行きたくない。とりあえずこんな感じなんっすっていうのを見せたいけれど、嫌です。本人にはこのまま行って頑張ってほしい。どこまで飛ぶのか見せてほしい。多くの中の一人の友達として本当に応援する。けれど、もういいです。疲れてしまう。毎回あの視線を気にするのは。自分の実力がないのが一番の原因だと理解してます。そしてこんなことを日記に綴ることもモラルに反するとも思います。なんか、悔しい。すごく。すごく。すごく悔しい。どんな音楽が好きかっていえば、みんなが一緒に口ずさむmusicがいい。線引きが難しいけど、フィーバーして合唱するんじゃなくて、頬杖つきながらコーヒー片手に一緒に口ずさむような音楽がいい。ぶつかり合う個性は、ビジネスだけで十分だ。終わり。


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